yukiさんのヨガ講師養成講座を、一緒に卒業した、まりちゃん。
「まりちゃん」と呼ばせていただいているけど、年齢はわたしよりちょうど20歳おねえさん。
まりちゃんは、講座のはじめの自己紹介からとびきりの存在感を発していて、
「才能の才に 樹木の木 真理の子ども と書いて、才木眞理子です。まりちゃんとお呼びください。」
やわらかく まぁるい声で。
知性的で かしこまらない態度で。
そこから遠慮なく、「まりちゃん」と呼ばせていただいているのだ。
家がスグ近くということもあって、ヨガ講師としてはじめの一歩を踏み出すそのときは、
二人で「いっせーのせ」
という感じだった。
実際には、わたしがまりちゃんに手を引いてもらっての一歩だったけれども。
大きい病気をのりこえ、1年越しに思い実らせ養成講座に参加していた、まりちゃん。
みんながそれぞれに感じる「しあわせ」について発表したときには、
「鼻毛があるって、すばらしいのよ!」
ということを、教えてくれた。
正直、ぽかぁーんとしてしまった。
でも、まりちゃんの瞳はまっすぐ前を見ていて、
本当に鼻毛に感謝をしていることがわかった。
そのとき初めて、大きな病気が何であったのか、知った。
卒業発表のときは、ちょーオリジナルな内容で、みんなの度肝を抜いたまりちゃん。
だって、先生から習ったポーズをひとつもつかわないんだもん。
BGMを流して、フリップを使って、もう完全にまりちゃんワールドだった。
面食らったけどね、とても素敵なシークエンスだった。
まりちゃんが、ヨガを通じて伝えたいことが、とてもよく伝わってきた。
空や空気や風などの見えないものを、
美しい言葉に紡いでくれる、まりちゃん。
会う度に、想像もしないような、照れて仕方ないような素敵な言葉で、
わたしのことを褒めちぎってくれるまりちゃん。
「あなたって本当に女神様みたいだもの」
こんなセリフを、さらっと、まっすぐこちらを見て言ってくれる、まりちゃん。
わたしたちは
同じ区に住んでいて
同じ色が好きで
1日違いのお誕生日で
ヨガが好きで
自然が好きだった
お誕生日プレゼントを渡したら、ものすごく戸惑った様子で
「わたし、お誕生日にプレゼントはもうもらわないの。だから、うれしいけれど次からは結構よ」って。
私にはいろいろ与えてくれるのに、受け取ることをいつも拒むのでした。
もう会えないのかも知れないとおもったのは、先月、電話をもらったとき。
仕事が落ちついたら
ケガが治ったら
お茶をしましょうね
いつも言ってたのに
最近はお誘いしてもあんまりいい返事がなかった
会いたくないのかもしれない
無理に誘ってまでお話したいことがあるわけじゃない
ただ、まりちゃんの顔を見て、声を聞きたかった
でも、それが負担になるかもしれないと思って、もう誘えなかった
お家の前を通りがかるとき、今、なにしてますか?
と、そっとつぶやいた。
マントラを唱えるとき、いつも心の中にいた。
もらった電話は、大事にしていたレッスンを引き継いで欲しいの、あなたに。
という内容だった。
声が聞き取りにくく、
伝えたいこともわかりにくく、
いつものまりちゃんじゃなかった。
足のケガの具合が気になっていたので聞くと
「その話しをすると長くなるから」
って。
いつも、電話では身体の調子について教えてくれなかった。
そして言うのだった。
「落ちついたら、またお茶をしましょうね」って。
でも、もう言ってくれなかった。
その仕事を受けることは、自分の生活リズムが変わってしまうこともあって、
少し迷ったんだけど・・・
まりちゃんのお願いをききたくて、了承することにした。
「ぜひ、受けさせてください。」
と電話をすると、
「あぁ、よかった間に合って。」
・・・もう、会えないのかもしれない思った。
でも、今まで何度でも乗り越えてきたまりちゃんだから、
きっとまた、回復してくれるはずって、思いたかった。
仕事を、受けて良かったと心底思った。
まりちゃんの心配事をひとつ減らすことが出来て、うれしかった。
最後まで、お顔を見に行っていいですか?
って、聞けなかった。
最後にあったのは、いつだろう。
まりちゃんの、走り方講座を受けに行ったときだろうか。
それとも、2016年あけてすぐ新年のクリスタルボウルだったかな・・・
マーク先生の話し、聞いて欲しかったな。
教えてもらった美しいマントラを、聞いて欲しかったな。
まりちゃんは、どうやって話しを聞いてくれたんだろう。
どうやって、わたしの思いを受けとめてくれたんだろう。
また一緒に、ヨガをしたかったな。
目に映る緑すべて、
あなたがそうするように、美しい言葉で讃えたくなります。
痛みからはなれて、
うつくしい世界をゆっくり見渡せていることを願います。
ありがとうございました。
そして
おつかれさまでした。
いまはゆっくりやすんでくださいね。