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わたしが「先生」である理由
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    ちょっと前に

    「おばあちゃんになっても、ヨガの先生であり続けるっていう決意だけある」

    ってな内容の(すごいはしょり方だけど)記事を、投稿しました。


    その記事は、とてもたくさんの人に読んでもらえたようで、
    うれしかったのですが、

    それと同時に、

    「そんな立派な話しじゃ、ないんだけどなぁ」

    という思いもあり、ちょっとずつ居心地悪くなってきてます。

    だから、言っておこう。
    わたしが、はじめのヨガ講師養成のコース(2つ通ったからね)
    に通ってみて、その時に出した結論を。


    ーーーーー

    ヨガは奥深い。
    一生かかっても勉強しきれない。
    でも、たくさんのことをここから取り出して、噛み砕き、自分の一部にし続けたい。


    しかしながら、私の飽きっぽい性格の事を考えると、
    何か、ヨガと一緒に居続けるための工夫が必要だ。


    あ!
    じゃぁ、ヨガを教えるという立場にあり続ければいいんじゃない?


    教えるためには、勉強が必要だ。
    練習が必要だ。
    レッスンを受けに来てくれる人がひとりでもいるのなら、
    私はきっと、勉強も練習も、必ず続けるだろう。
    常に、学び続けるだろう。

    −−−−−


    はい、これです。


    「しなければならない状態がある限り、続けるだろう」


    これ、思いついたときには

    「うん、天才!だいはっけーんんんんん!!」

    って思ったんだよね。



    だから、
    「ヨガの先生」というものに憧れなんてないし、
    成功したいなんていう思いもないし(そもそも成功ってなに)、
    職業とも思っていない。


    つまり「自分が学んだものを、他人と共有したい」
    という気持ちだけ、強いの。


    このように書くと、勘違いした人からおこられそうだね。


    でもね、これだけは胸を張って言える。
    責任を持ってこの事に挑んでいます。
    無責任なわけでは、ないのです。



    基本的な立ち位置として、
    わたしは「ヨガの練習を続けている、ごく一般的な主婦」
    というところを変えたくない。


    「ヨガの先生」として生きたい訳ではない。

    「ヨガの学び」が人生にもたらす様々な恩恵を実感し、
    ごく一般的な主婦として、それを受け取り、
    あわよくば身近な人たちと共有したいなぁ。
    と、いうわけ。

    iPhoneImage.png

    ですから、ですから、
    ずーーーーーーっと心の中にあり続けることは


    「わたしは ”先生” と呼ばれるスタイルでヨガを共有する以外に、
    もっと向いている方法があるんじゃないか」

    ってこと。


    わかりにくい?

    つまりね「わたしのヨガ教室を持つ」ってことにこだわってない。



    みんなが私の先生(マーク先生)のところに通って、
    そこで得たものについて、お互いに意見を交わして、
    その中からさらに気付きを得ることができたら、
    それはとても嬉しいことなの。
    ヨガから得たものを共有できるでしょ。


    マーク先生は2017年現在、京都に拠点を持っているので、
    私がこのエリアに呼ぶ。
    興味のある人に講義を受けてもらう。
    そういう機会をつくり、共有できたら、
    とてもとてもうれしいことなの。

    わたしが役目を果たしているなって、実感できると思うの。


    じゃ、どうやってマーク先生の講義に興味をもってもらうか。


    今、自分が持っているスキルでできることは、

    ”私がマーク先生から教えてもらったことを活かしたクラスを「先生」として行い、
    「おお、このような学び方はいままでにないかも!そして、もっと知りたいかも!」
    と思ってもらう”

    っていう、ことなのね。


    うん、長くなったけど。
    こんな感じから、活動しています。


    でもでもでもでもでも、ここ大事ね!!
    必ずしも、うららかヨガに来てくれた人をマーク先生の元に導こうとはしていません。
    興味をもってくれたらうれしいけれど、
    それが目的ではないということも、お伝えしておきます。



    みなさんとともに練習することが、
    わたしの理解を深め、
    わたしの学びに刺激を与え、
    わたしの人生にしあわせがたくさんあることを気付かせてくれます。


    みなさんは、その時間の中から、
    自分にとって必要なものがあれば、どんどん受け取ってください。


    思ったより長くなったけど、
    これが私が「先生」であろうとし、
    「先生」とよばれるスタイルを続けている理由です。


    iPhoneImage.png

    こんな写真がとれることと、
    ヨガの練習を続けていることは、
    もしかしたらほんのちょっとだけ、関係あります・・・

    撮影:あーちゃん
    | わたしのこと | 14:04 | comments(0) | - |
    猫になりたい
    0
      「猫になりたい」
      「鳥になりたい」

      人間、いろんなものになりたがる。



      それは、自分が

      「猫のように気ままじゃない」
      「鳥のように自由じゃない」

      と思っているからなんだろうな。


      日がな一日、寝ていたい。
      撫でられたいときだけ、撫でられる。
      さっきまで甘えてたけど、今はもう構わないでほしい。

      そんなの、人間のままだって叶えられるよ。

      すればいいのだ。
      ただ、すればいい。

      邪魔をしているのは他でもない自分なんだもの。

      自分の中の「罪悪感」
      それが、自分を猫にさせないし、
      鳥にさせない。


      しかーし!!

      多くの場合、その罪悪感て、人に鼻で笑われるようなものだったりする。
      そこに気付けば、今日からあなたもわたしも、猫だし鳥だ。

      そもそもわたしは「罪悪感」というものが嫌いだ!

      だって、感じているだけでしょ。
      そんなの、感じなければいーじゃんと、思うのだ。


      せめてこんな気持ちよく晴れた日には、罪悪感なんてものをもたない自分として生きてみたっていいじゃないか。
      今日一日くらい、よくない?

      iPhoneImage.png
      | つぶやき | 11:07 | comments(0) | - |
      穏やかでいる秘訣
      0
        わたしが「ヨガを教える」という第一歩を踏み出すときには、
        それはそれはたくさんの勇気がいりました。


        でも、ある一つのことに考えついたとき、
        不安は薄れ、
        よし、やってみよ!!
        という気持ちが湧き上がったことを覚えています。



        具体的にどんなことを考えついたかというと
        「体が動く限り、ヨガの先生であり続ける」
        という、とても簡単なこと。


        ぽわんとイメージが浮かんだのです。


        痩せて、皮膚がたるんで骨に張り付くような腕。
        その腕の皮膚には、シミがいっぱい浮かんでる。
        ショートカットにしてて、髪の毛は全部白くなってるけど、
        くせっけのおかげでフワフワ。
        すこーし背中が曲がったように見えるけど、足腰はまだまだしっかりと立っている。
        タレ目は目尻のシワを携えたれにたれて、ほっぺもまた同じ。


        その人はすごく穏やかな顔をして、窓辺の陽射しを楽しんでいる様子。
        くるっとこちらに顔を向け、私にこう言った。

        「今はね、生徒さんがひとりもいないけど、私はヨガの先生なのよ」
        って。


        だから、毎日練習と勉強を続けているって言ってた。



        それは、どこかに行かなくても、マットに乗らなくても、
        日々の至る所から気付きを得て、
        日々のあらゆる行動から、自分の体に気がつく意識を向けている。


        そんなちょー具体的なイメージが、
        ぽわーんじゃないな、
        ドーンと頭の中に湧いたのね。

        iPhoneImage.png
        *これがそのまま、おばあちゃんになったような顔

        そこからの安心感といったら、すごいの。


        「教室をはじめても、誰も来なかったらどうしよう」
        「自分よりずっと長くヨガしてる人が来たら、どうしよう」
        「来てた人がやめたら、どうしよう」


        とか、そーゆー考えても仕方ないようなことが、
        ぜんぶ吹っ飛んだ!


        たまに考えすぎてドツボはまったり、
        どうしていいか分からないようなことに出くわしても、
        あのおばあちゃんの笑顔を思い出す。


        だって、おばあちゃんのあの姿にたどり着くのが、
        私の目標だから。
        そう思えるだけで、小さいことがどうでも良くなる。


        もちろん、ちいさな問題と向き合って解決する必要はある。
        やり方とか、方向性とか、
        頭使うときはあるよ。
        えいっと踏み出すのに、もじもじすることもある。

        でもね、新しいチャレンジをするときに、
        あのおばあちゃんが見守ってくれている安心感。
        あのおばあちゃんて、私なんだけど。
        不安がねー、だいぶ少ないの。


        これ、どんな性格の人にも、
        どんな人生を歩む人にも、
        みんな使える方法なんじゃないのだろうか。



        マーク先生が、トレーニングの最初に伝えてくれた
        「私たちは既に手にしているゴールに向かって歩いている」
        という、Maharishi Mahesh Yogiの言葉。
        それを聞いたとき、おばあちゃんが、また私に微笑んでくれたような気がした。

        | yoga | 17:52 | comments(0) | - |
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